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送配電事業におけるクラウド活用と AI 技術の最前線 ― T&D エグゼクティブ・ラウンドテーブル 開催報告

イントロダクション

送配電事業(Transmission & Distribution Business)に携わる皆様は、これまでにない変化の波を肌で感じていらっしゃるのではないでしょうか。熟練技術者の高齢化や定年退職が加速し暗黙知が失われる一方で、再エネ大量導入に伴う系統の複雑化、設備の老朽化と新規投資の削減圧力、そして量子コンピュータ時代を見据えたサイバー脅威の高度化 ― 複合的な課題が同時に押し寄せ、従来の「人海戦術+経験則」だけでは対処しきれない時代が到来しています。

こうした業界共通の課題を議論し、クラウドと AI による新たな解決策の可能性を探る場として、2026 年 8 月 7 日に電気新聞(日本電気協会新聞部)主催・アマゾン ウェブ サービス ジャパン合同会社(AWS)協賛にて「T&D エグゼクティブ・ラウンドテーブル ~送配電事業におけるクラウド活用と AI 技術の最前線~」を開催しました。

本セミナーでは、構造変化を「守る(量子・AI 時代のセキュリティ対応)」「支える(インフラ保守の高度化・自律化)」「備える(AI Ready となる仕組みづくり)」の 3 つの視点から捉え、4 つの講演を通じて具体的な事例と知見を共有しました。本記事ではその概要と当日の様子をお伝えします。

イベント概要

項目 内容
イベント名 T&D エグゼクティブ・ラウンドテーブル「送配電事業におけるクラウド活用とAI技術の最前線」
日時 2026 年 8 月 7 日(金)14:00〜17:00
会場 日本電気協会・会議室(東京都千代田区有楽町 電気ビル北館 4 階)
主催 / 協賛 電気新聞(日本電気協会新聞部)/ アマゾン ウェブ サービス ジャパン合同会社
対象 送配電事業者の皆様
参加者 61 名(32 社・組織)

全国の送配電事業者を中心に 32 社・組織から 61 名にご参加いただきました。

電気新聞主催・AWS協賛「T&Dエグゼクティブ・ラウンドテーブル」会場案内板
電気新聞主催・AWS協賛「T&Dエグゼクティブ・ラウンドテーブル」会場案内板

講演プログラム

オープニング

アマゾン ウェブ サービス ジャパン合同会社 常務執行役員 エンタープライズ事業統括本部長 堤 浩幸

テクノロジーの進化、グローバル化の進展、人口構成の変化、社会変容、エネルギー・環境問題の深刻化という「未来を形作る 5 つの要因」を概観した上で、送配電事業を取り巻く 4 つの構造変化 ― 人的リソースの枯渇、系統複雑性の爆発、設備投資の膨張、サイバー脅威の高度化 ― を整理しました。そして本セミナーの 3 つの視点「守る」「支える」「備える」を提示し、各講演への導入としました。

オープニングで講演する AWS 常務執行役員 堤 浩幸
オープニングで講演する AWS 常務執行役員 エンタープライズ事業統括本部長 堤 浩幸

講演① 量子時代のサイバーセキュリティと電力インフラの課題 ―「守る」

株式会社東芝 ICTソリューション事業部 QKD事業推進室 シニアフェロー 村井 信哉 氏
株式会社東芝 総合研究所 AIデジタルR&Dセンター セキュリティ基盤研究室 エキスパート 秋山 浩一郎 氏

電力インフラにとって、サイバーセキュリティは「いつか対応すればよい」課題ではなくなりつつあります。東芝の村井氏・秋山氏からは、量子コンピュータの出現がもたらすリスクとその対策について解説いただきました。

量子コンピュータが既存の公開鍵暗号(RSA 等)を解読可能になる日 ―「Q-Day」― は 2030 年代前半と予測されています。しかし問題は Q-Day だけではありません。攻撃者が現在の暗号通信を傍受・蓄積しておき、将来の量子コンピュータで解読する「データ・ハーベスティング攻撃」が存在するため、5 年後・10 年後も価値を持つ長期秘匿データは今すでにリスクにさらされているのです。

送配電事業にとって特に重要な点として、情報漏えいだけでなく改ざんやなりすましが生じうることが挙げられます。スマートメーターや制御系システムなど、フィールドに展開される長寿命インフラはハードウェア改修に長い期間を要するため、通常の IT システムよりも早い段階で対策の計画を立てる必要があります。

対策技術としては、拠点間の回線防護に適した QKD(量子鍵配送) と、ソフトウェア実装によりフィールド機器にも展開可能な PQC(耐量子計算機暗号) の 2 つが紹介されました。両技術は相互補完的であり、ネットワーク拠点間には QKD を、フィールド側には PQC を適用する「ハイブリッド対策」が有効とされています。

村井氏は「Q-Day がいつ来るかの予測は難しいが、今から複数のシナリオに備え、計画的に移行を進めることが重要」と強調しました。

量子コンピュータがもたらす脅威について解説する村井氏
量子コンピュータがもたらす脅威について解説する村井氏
QKD・PQC の対策技術について解説する秋山氏
QKD・PQC の対策技術について解説する秋山氏

講演② 通信業界におけるクラウド活用と AI によるオペレーション変革 ―「支える」

アマゾン ウェブ サービス ジャパン合同会社 技術統括本部 通信・メディア技術本部 通信第一ソリューション部 ソリューションアーキテクト 宮崎 友貴

送配電事業と通信事業には多くの共通点があります。ともに 24 時間 365 日の安定運用を担い、膨大なフィールド設備を保守し、社会インフラとしての高い信頼性が求められます。そして、熟練オペレーターの高齢化・不足やシステムの複雑化による運用負荷の増大という課題も同様です。

本講演では、こうした共通課題に対して通信業界がどのようにクラウドと AI を活用しているかを、大手通信事業者 3 社の事例を交えて紹介しました。

  • NTT ドコモ ― 100 万台超のネットワーク機器の障害対応を、自律的に思考・行動する AI エージェント(Agentic AI)で自律化。異常検知から被疑箇所の推定・措置提案までを AI が自動実行することで、障害復旧時間の大幅短縮を実現しています。なお、本取り組みの詳細は「NTT ドコモ、AWS 上で 5G コアネットワークの商用運用を開始」でも紹介されています。
  • KDDI ― 基地局のトラフィック増加を AI で予測し、無線基地局の負荷を事前に分散・最適化。開発プロセスにも AI を組み込み、基地局パラメータの全国展開期間を約 50% 短縮しています。
  • ソフトバンク ― ネットワーク全体のトポロジー情報をグラフ DB で管理し、時系列の状態変化をリアルタイムに可視化。「障害発生前後でネットワークがどう変わったか」を即座に比較できる環境を構築し、原因特定の高速化に活用しています。

3 社に共通する特徴として、「定型作業の自動化」にとどまらず、「ゴールに対して AI が自ら考えながらタスクを遂行する自律化」を目指している点が挙げられます。通信業界の標準化団体(TM Forum)も「自律ネットワーク」を業界共通のゴールとして定義しており、AI Agent とデータ基盤の整備がその実現に不可欠な要素として位置づけられています。

エネルギー業界においても「データはあるが活用できる状態にない」という課題は広く共有されています。通信業界の事例は、自律化への道のりは一朝一夕ではないものの、クラウドを活用して「まず小さく始め、データを蓄積しながら段階的にスケールする」アプローチが有効であることを示しています。

通信業界の AI 活用事例を紹介する AWS ソリューションアーキテクト 宮崎 友貴
通信業界の AI 活用事例を紹介する AWS ソリューションアーキテクト 宮崎 友貴

講演③ モバイルネットワークの自律オペレーションを実現する自動化とAI活用 ―「支える」

株式会社NTTドコモ サービスオペレーション部 オペレーションシステムデザイン室 担当課長 今井 識 氏

NTT ドコモでオペレーション変革を推進する今井氏が、100 万台超のネットワーク機器を AI で自律運用する取り組みの詳細を共有しました。

講演ではまず、取り組みの背景となる 3 つの課題が示されました。

  • 社会インフラとしての通信の重要性が増大し、重大事故と見なされるケースが拡大傾向。30 分以内の初報が求められる報告制度改正もあり、迅速な対応が不可欠に
  • ハードウェアとソフトウェアの分離(Open RAN 化)によりシステムが複雑化し、従来の人手による運用では対処しきれなくなっている
  • 熟練オペレーターの高齢化・不足が進行

これらは、送配電事業が直面する「人材不足 × システム複雑化 × 運用負荷の増大」の構図と重なる課題です。

NTT ドコモはこれらの課題に対し、複数の AI エージェントが連携してネットワーク保守を自律的に遂行する仕組みを構築しました。観察系エージェントがリアルタイムにデータを収集し、被疑箇所推定エージェントが分析を行うことで、人がエスカレーション判断を行う段階ではすでに必要な情報が揃っている状態を実現しています。この仕組みはグラフ DB を中心に AWS のサービスを組み合わせて構築され、2026 年 2 月に商用利用を開始。複雑故障のリカバリ時間を 50% 以上短縮する成果をあげています。

NTTドコモの自律オペレーションへの取り組みを紹介する今井氏
NTTドコモの自律オペレーションへの取り組みを紹介する今井氏

講演④ 自律運用グリッドへの道筋 ―「備える」

アマゾン ウェブ サービス ジャパン合同会社 常務執行役員 技術統括本部長 巨勢 泰宏

送配電事業における 4 つの構造変化を踏まえ、AI を活用した「自律運用グリッド」のロードマップを提示しました。

AWS は世界各地でエネルギー事業者のクラウド活用を支援しており、また自社のグローバルインフラを 24 時間 365 日運用する中で培ったオペレーション自動化の知見を持っています。こうした経験を踏まえ、送配電事業の課題解決に向けた具体的なアプローチを提案しました。

海外事例として以下を紹介しました。

  • Duke Energy(米国)― 系統連系申請の審査自動化。膨大な申請書類の処理を AI で効率化
  • GE Vernova(米国)― 復旧作業者の最適配置。災害時に限られた人的リソースを最も効果的に配置
  • Endeavour Energy(豪州)― ドローンによる自律点検で点検時間を 70% 削減

自律運用グリッド実現に向けて、セキュアインフラ × データ × AI エージェント の 3 要素を組み合わせることが鍵であり、その第一歩は「データの整備」から始まるという提言がなされました。

自律運用グリッドへのロードマップを提示する AWS 常務執行役員 巨勢 泰宏
自律運用グリッドへのロードマップを提示する AWS 常務執行役員 技術統括本部長 巨勢 泰宏

参加者の声

アンケートでは 5 点満点中 4.8 という高い満足度をいただきました(「大変満足」+「やや満足」= 100%)。自由記述の一部をご紹介します。

  • 「クラウドと AI の活用は早期に実現する必要がある。先駆者の取り組みや苦労話を聞けたのは非常に勉強になった」
  • 「通信での AI 活用の実践が数年後の電力に届くシナリオがよく理解できた」
  • 「いずれのトピックも、これからの送配電事業の在り方を考えさせられる内容だった」
  • 「量子コンピュータの出現に備えてセキュリティ対策を施しておかねばならないとの指摘に目が覚める思い」
  • 「通信業界の OT 活用が進んでいることに感銘した」
  • 「データ利活用について、自社でも取り組んでいる最中であり大変参考になった」

おわりに

今回のセミナーでは、業界や企業の垣根を越えて「自社も同じ課題を抱えている」と共感し合う場面が多く見られました。通信インフラと電力インフラは共に社会を支える基盤であり、直面する構造的な課題 ― 人材不足、システムの複雑化、セキュリティの高度化 ― には多くの共通点があります。他業界の先行事例を知ることで、各社の次の取り組みを具体化する一助となれば幸いです。

AWS では今後もエネルギー業界のお客様に対し、最新の技術や世界中の業界を超えた実践知をお届けしながら、社会インフラの持続的な発展に貢献してまいります。


著者について

宮城 康暢 宮城 康暢(Koyo Miyagi)

アマゾン ウェブ サービス ジャパン合同会社 ソリューションアーキテクト。前職にて IaaS やストレージサービスの企画・開発に従事した後、2022 年に AWS に入社。AWS ではエネルギー業界のお客様およびパートナー様の技術支援を担当しています。